辻保順医院 名称の由来

 『甲斐志料集成・甲斐儒医伝』によると、甲州萬力筋国府村(現在の山梨県笛吹市)の武田氏郷士・辻氏を継いだ辻保順守瓶(もりかめ)が、安永2年(1773年)に中郡(なかのごおり)筋の医科・高室氏に入門、後に独立して国府で医業を営んだとあり、これを初代保順としています。

初代保順は本居宣長にも学び、宣長との間に交わされた書簡も現存しています。

五代目までは漢方医でしたが、六代目は明治24年の医師法改正に伴い西洋医学を修め、医師免許を得たと記録されています。七代・八代目は台湾の台中で開業、しかし昭和20年の敗戦により一家は山梨に引き揚げ、甲府市において八代・九代目(私の父)が辻保順医院を継いでいます。

本来ならば甲府にて父の医院を引き継ぐのが筋ではありますが、埼玉県に縁あって東松山市に開業し、診療所にその名を冠し、十代辻保順医院とした次第です。

辻保順医院の歴史については、辻 邦生著「銀杏散りやまず」に詳しく述べられています。
辻 邦生著「銀杏散りやまず」
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